ワーキングプアは本当に自己責任か

昨年から僕が住んでいるマンションの管理会社が変わり、今年から契約更新に連帯保証人の印鑑証明が必要になった。

めんどくさい話である。

ひょっとしたら多くの人にとっては、そんなの親に頼んだら、すぐじゃないか、と思われるかもしれない。

しかし、世の中には全く使い物にならない親だっているのだ。

どこかの質問サイトには、「親族にも信用されない人間では、部屋は貸せないでしょ」というようなコメントがあったが、冗談ではない。

親族の方が信用できない場合はどうするのか?

仕方なく親に印鑑証明を送ってくるように頼んだものの、これは最初から想像していたことだが、1週間たっても送ってこない。うちの親は元からこういう人間なのだが、こちらの要求はまず聞かない。逆に、「これはしてくれるな」というと喜んでやりたがるというぐらい狂った人間なのだ。

何故か、というとあまりにも頭が悪く、「親」という上位階級にしがみつかなければ自分の価値を認めることができないから、このような強権発動して、「親」の権威をみせつけようとするのである。

なので、実家の方に僕宛てに届いた郵便物もまず送ってこないし、マンション契約書の連帯保証人の欄に記名して送り返して、と頼んでも一ヶ月も送ってこないほどなのだ。

いかに「子供」にとって迷惑極まりない「親」であるか、少しはわかるだろうか。

また、親が親なら親戚も親戚で、さも人のことを心配している、などと気持ち悪く言っておきながら、奨学金返還の連帯保証人になることを拒否してきたぐらいだ。

旧育英会の奨学金(現:学生支援機構)など、全額でも百数十万だというのに、である。

しかもうちの親は、「(公務員になれば奨学金免除なのに)お前が公務員にならんからみんなに迷惑がかかる。」

ときたもんである。

俺が何か悪いことをしたか!?

こんな連中に頼りたいと思うか。

こんな連中に頼み事をしなければならない人間がどれだけ不快であるか、分かるか。

僕など、中学生の頃には親に対する人間的な信頼など無くしている。使い物にならないどころか、邪魔しかしないからである。

この時ふと思ったのが、派遣切りにあい、住む所すらなくなった人達のことだ。

単純に「自己責任」で済ます人も多いようだが、僕は非常に違和感があった。

親族がいてすら、僕みたいに、管理会社から「書類まだですか」という電話がかかってこなければならない状況におかれる場合もある、というのに、賃貸契約するのに、こんなにややこしくなれば、頼る親族などがいなければ部屋など借りられないではないか。

全員に同情すべき事情があるとは思わないが、製造業など、職場が流動的な労働に従事することを選ぶ人は、単に個人の能力や資質の問題ではなく、社会的にはじかれざるを得ないケースが多いのではないか。

別にこと細かく身上を調べられなくても、いくら本人が真っ当な人間であろうとしても、書類一枚揃えることが叶わないだけで、社会から門前払い。

部屋を借りようにも書類が揃えられない、だから住所がない、だから連絡先がない、だから就職の面接でも断られる、だから金がない、だから住む所がない、でエンドレス・ネガティブ・スパイラル。

例えば、賃貸契約に印鑑証明は必要、と当然のように思える人間とそうでない人間の違いは家庭環境の違い、つまり人格形成上の問題でもあり、職業選択にも大きく影響すると思う。僕ですら、「家族や親は良きもの」と普通に思っている人(つまり気軽に印鑑証明を親に頼める人)の多そうな職場などには行く気がしない。というより行けばまず彼らの中に入れないだろう。

ここまで構造的に、本人以外の力関係を必要とするような社会システムになっているというのに、単純な「自己責任」論など、通用するか。

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