京都の幽霊子育て飴事情


幽霊飴の事をFacebookで書いたところ色々情報を頂いたので、ちょっと調べてみました。
最近「九相図」のこと書いたブログにアクセスされる方が多いので、こういう話もきっと好きでしょう^^


有名なのは六道の辻にある「みなとや」という飴屋さんのものですが、
七本松中立売(北野天満宮の南の方)の立本寺というお寺にも、幽霊飴の話が残ってました。
冥土の土産もとい姪への土産に買ってきたんですが、写真左が六道の辻の「みなとや」さん、右が立本寺のもの。
ロゴは全く同じですね。

この手の説話は日本各地に残ってると思われるので(松江の大雄寺にもありましたし、元ネタは中国なので)
さして気にしてなかったんですが、立本寺が立地的に意外だったのと、
どちらの話も赤ん坊の生年が同じだったので興味を持ったという次第で、立本寺とみなとやさんでちょっとだけ話を聞いて来ました。

赤ん坊の生年は慶長4年(1599年)、江戸時代の話というのがちょっと意外でした。
なにせこの近辺、小野篁・檀林皇后、新しいところで清盛って場所なのでもっと古いと思ってました。
逆に落語では高台寺となってますが、高台寺は創建が慶長11年(1606年)なので、
時期が合わないということになります。

母親の幽霊が出てきたとされるのは鳥辺野の近くにあった「みなとや」の方。
とはいえ、江戸時代に今の「六道の辻」あたりまで墓地だったわけではなく、
店自体ももっと東の方にあったそうです。

で、飴屋さんの店主が墓地で見つけたとされる赤ん坊が成人してお坊さんになり、
のちに二十世貫首・日審上人として立本寺の住職になったということです。
その後伏見の霊光寺に行かれたそうですが、そちらには日審上人の墓があるそうです。
(今日は行ってませんが。)

これはネタばれではあるんですが、立本寺の飴の由来書には、日審上人の書き判が壺に似ていることから、
上人が墓の壺の中で生まれて母親の幽霊が飴で育てた、という伝説が生まれた、と書かれてます。
ただこちらの話では立本寺の墓地になってますが、一応六道の辻の話と同一人物だとされてるようです。


立本寺での飴の販売は寺務所でされてるんですが、境内の一番奥にある上、看板ものれんもないので、
ほんとに売ってるのか不安だったんですが、ちゃんと販売されてました。
妖怪ストリートの近くなので、もっと宣伝してもいいような気もしますが、
商売気のないお寺は僕は好きです^^
ちなみにこの話と関係あるのかどうかは知りませんが、毎月8日に鬼子母神の祭りをやってるらしいので、
一度行ってみたいと思います。

立本寺の由来書読むと、「不思議なことは何もない」んですが、それにしても不動産なら幽霊が出てくれば商売になりませんが、飴が商売になるというのがなんと不思議な話。

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