六道まいりと檀林皇后九相図

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夏の風物詩、六道まいり、である。

六道珍皇寺は、陰陽師ブームの際にも取り上げられたと思うけど、小野篁が閻魔大王の裁判の補佐をするため、地獄に行くときに通った、という井戸のあるお寺であり冥界と現世の境界といわれる六道の辻にある。

ここ六道珍皇寺で、毎年8月7日から10日まで先祖の霊をお迎えする行事が「六道まいり」。

かつては文字どおり「生死の分かれ道」だったところだけど、今や観光行事である。

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余談であるが、地獄に行く時は六道珍皇寺にある井戸だが、現世に戻ってくるときは、嵯峨の福生寺(現在は清涼寺の境内)にある井戸から戻ってきた、という。

その場所が選ばれたのは、おそらく、六道珍皇寺のある場所はかつて葬送の場所であった鳥辺野(今も清水寺の南側は広い墓地である)の入口で、嵯峨はこれまた西の葬送の場所であった化野の入口だったからだ、と思われる。

六道珍皇寺の境内には、閻魔大王と小野篁の像が並んで建っている閻魔堂があり、その隣のその鐘は地獄に通じているという。鐘を鳴らすための行列で人がいっぱいだったので一度もついたことがなかったけど、今年は仕事の都合で、たまたま最終日の遅めに行ったためか、人が少なく、初めて鐘をついてみた。

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とはいえ、僕の目的は六道珍皇寺の近所にある西宝寺の方。

狭いながらも(失礼)寺の中で展示されているのは地獄絵図と九相図、そう、ドグラ・マグラの元ネタの一つである。

九相図といっても小野小町とされるものなど複数存在しているようだけど、ここで保存されているのは嵯峨天皇の后の一人だった「檀林皇后九相図会」。

こんなやつです。

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一つの相の拡大写真をそれぞれアップしようと思ったけど、実物で見てると何ともなかったのに、PCのモニタで拡大して見てると気分が悪くなったので(爆)小さく全体写真だけ載っけておきます。

「絵巻物」というと優雅な印象がありますが、「九相図」といい「病草紙」といい、けったいなものも日本人は好きなんですな…

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